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乳児期の湿疹について(まとめ)    20250825

健診や日々の診療で最も多い質問が乳児期の湿疹に関するものです。そこで今回はニーズの多い乳児期の湿疹について深堀りしてみました。

 

 

第0章. 乳児湿疹を知る

 

一般的に「乳児湿疹」と一括りにされる肌トラブルは、単一の病名ではなく、複数の異なる皮膚症状の総称で、その原因も症状も月齢によって大きく変化します 。この総称には、新生児ざ瘡、乳児脂漏性湿疹、乾燥性湿疹、そして乳児アトピー性皮膚炎などが含まれます。それぞれの湿疹は、乳児の皮膚の生理学的状態がダイナミックに変化していく過程で、特定の時期に特有の形で現れます。したがって、乳児の健やかな肌を保つためには、この多面的な実態を理解し、月齢に応じた適切なケアを施すことが極めて重要となります。

乳児の皮膚は、大人の約半分の薄さしかなく、外的刺激に対するバリア機能が非常に未熟です。この脆弱な状態に加え、生後数ヶ月間は皮脂分泌量が劇的に変動するという、生理学的な大きな変化を経験します。具体的には、出生直後からしばらくの間は、母体から受け継いだホルモンの影響で皮脂腺が活発に働き、皮脂が過剰に分泌されます。しかし、生後2〜3ヶ月を境にこのホルモンの影響が薄れると、皮脂分泌量は急激に減少し、大人の1/2から1/3程度にまで低下します 。この急激な皮脂量の減少により、皮膚の保護膜が失われ、肌の水分量は大人のわずか1/4ほどにまで減少します 。この一連の「皮脂過剰期」から「乾燥期」への移行こそが、乳児湿疹のタイプが月齢によって変化する根本的な原因です。

ここでは、この乳児の皮膚がたどる生理学的変化の過程に基づき、乳児湿疹を「皮脂分泌の活発期」「皮膚バリア機能の成熟と乾燥への移行期」「アトピー素因の発現と外的刺激への応答期」の三つの時期に分けて解説します。これにより、月齢ごとの湿疹の特徴と成因、そしてその時期に最適なケア方法を体系的に理解することを目指します。

 

第1章:新生児期(生後すぐ〜生後1ヶ月)— 皮脂分泌の活発期

 

 

1.1 新生児ざ瘡(あかちゃんニキビ)

 

新生児ざ瘡は、一般的に「あかちゃんニキビ」とも呼ばれる皮膚疾患です 。その主な成因は、胎内で母親から受け継いだ女性ホルモン、特にアンドロゲンが、赤ちゃんの皮脂腺を過剰に刺激することにあると考えられています 。この過剰な皮脂分泌により、顔の毛穴にニキビのような赤いブツブツとした湿疹ができます 。特に頬や額、あごの周りなどの皮脂分泌が盛んな部位に好発します 。また、この皮脂の増加が、皮膚の常在菌であるマラセチア菌の増殖を促し、炎症を引き起こす一因となっている可能性も指摘されています 。生後2週間頃から発症することが多く、通常は数ヶ月以内に自然に消退していく一過性の症状です 。

 

1.2 乳児脂漏性湿疹(脂漏性皮膚炎)

 

乳児脂漏性湿疹も、新生児ざ瘡と同様に、母体由来のホルモンの影響による皮脂の過剰分泌が主要な原因です 。この湿疹は、皮脂腺の多い部位、すなわち頭皮、額、眉毛、耳、そしてわきの下などに特徴的な症状を呈します 。具体的には、黄色っぽいカサカサしたかさぶた(乳痂)やフケのようなものが皮膚に付着したり、皮膚が赤くカサカサになることがあります 。見た目は心配になることが多いですが、多くの場合、かゆみは軽度か、ほとんど伴わないことが特徴です 。この湿疹も乳児期に非常によく見られる症状の一つで、適切なスキンケアを行うことで、ほとんどのケースでは自然に治癒していきます 。

 

1.3 この時期のスキンケアの原則:皮脂を洗い流し、清潔に保つ

 

新生児期にみられる湿疹の多くは、皮脂の過剰分泌が根本原因です 。したがって、この時期のスキンケアの第一の目標は、皮膚の清潔を保ち、過剰な皮脂を優しく取り除くことです 。過度な保湿は、かえって症状を悪化させる可能性があるため、注意が必要です 。

具体的なケアとしては、毎日入浴させ、ベビーソープをよく泡立て、手で優しく洗うことが基本となります 。特に顔や頭皮は皮脂の分泌が盛んなため、洗い残しがないよう丁寧に洗うことが肝要です 。この際、ガーゼやタオルでゴシゴシとこするのではなく、泡のクッションを使って撫でるように洗うことが推奨されます 。また、乳児脂漏性湿疹でできた厚いかさぶた(乳痂)は、無理に剥がすと皮膚を傷つけ、さらなる炎症を引き起こす可能性があるため、絶対に行ってはいけません 。入浴前にベビーオイルやワセリンを塗って30分ほどふやかすことで、柔らかくなったかさぶたが洗い流しやすくなるため、この方法が推奨されています 。

 

第2章:乳児期早期(生後2ヶ月〜3ヶ月)— 皮膚バリア機能の成熟と乾燥への移行

 

 

2.1 皮脂分泌の変化と乾燥(カサカサ)への変化

 

生後2〜3ヶ月頃は、乳児の皮膚の生理学的環境が劇的に変化する「移行期」に当たります 。この時期を境に、皮脂分泌の活発期が終わりを告げ、皮脂の分泌が急激に減少します 。乳児の皮脂量は大人の1/2から1/3にまで低下し、皮膚の水分を保持する機能も未熟なため、水分量は大人の1/4ほどにまで減少します 。この変化により、肌は一転して乾燥しやすく、外部刺激に敏感な状態となります 。このため、生後3ヶ月以降は、皮脂による湿疹から、乾燥による湿疹へと、肌トラブルの様相が変化します。

 

2.2 この時期の主な湿疹:乾燥性湿疹(皮脂欠乏性湿疹)

 

皮脂分泌の減少と、未熟な皮膚のバリア機能が主な成因となり、皮膚のバリア機能が低下することで、唾液や衣類の摩擦、空気の乾燥といったわずかな刺激によっても湿疹が生じやすくなります 。この湿疹は「小児乾燥性湿疹」とも呼ばれ、特に頬や口周りを中心に肌がカサカサと赤くなり、粉をふいたり、ひび割れが見られることもあります 。強いかゆみを伴うこともあり、赤ちゃんが不機嫌になって肌を掻きむしることで、さらに症状が悪化するという悪循環に陥る可能性があります 。

 

2.3 スキンケアの重点:洗浄メインから保湿メインに

 

この時期以降のスキンケアの重点は、それまでの「皮脂の除去」から、「バリア機能の補強」としての「徹底的な保湿」へと移行します 。日々の入浴で清潔を保つことは引き続き重要ですが、洗浄と保湿は必ずセットで行う必要があります 。

保湿のタイミングは、入浴後、タオルで優しく水分を拭き取ってから、5分から10分以内を目安にすぐに行うことが理想的です 。この時、保湿剤は肌がテカテカするぐらい、たっぷりと塗ることが重要です 。顔や全身に隈なく塗り、首や手足の関節のくびれ部分にも忘れずに塗布する必要がです 。また、乾燥が気になる部位には、日中もこまめに保湿剤を塗り重ねることが推奨されます 。

 

第3章:乳児期中期(生後3ヶ月以降)— アトピー素因の発現と外的刺激への応答

 

 

3.1 乳児アトピー性皮膚炎

 

乳児アトピー性皮膚炎は、単なる皮膚の乾燥を超え、遺伝的素因(アトピー素因)、皮膚のバリア機能障害、そしてダニやハウスダスト、食物などの外的要因(アレルゲン)が複雑に絡み合って発症します 。この疾患は、強いかゆみを伴う湿疹が慢性的に、かつ良くなったり悪くなったりを繰り返すのが特徴です 。診断基準としては、かゆみ、特徴的な湿疹の分布(左右対称性)、そして慢性・反復性の経過(乳児では2ヶ月以上)の3項目が満たされる必要があります 。

乳児アトピー性皮膚炎の湿疹は、生後1〜2ヶ月頃から頭部や顔面(特に頬や額)から始まり、次第に首、手足、そして肘や膝の内側などの関節の内側へと広がっていきます 。強いかゆみから、赤ちゃんが掻きむしることで皮膚が傷つき、湿潤を伴ったり、かさぶたができたりすることもあります 。

この疾患の治療は、単に目の前の湿疹を治すことにとどまりません。皮膚のバリア機能が低下した状態を放置すると、外部からアレルゲンが容易に侵入し、免疫システムを感作させる可能性があります 。これにより、将来的に喘息や食物アレルギーなどの他のアレルギー疾患を発症するリスクが高まることが知られており、これは「アレルギーマーチ」と呼ばれています 。したがって、乳児期のアトピー性皮膚炎の適切な治療は、将来的なアレルギー疾患発症を予防するための重要な予防策でもあると言えます。

 

3.2 その他の湿疹

 

乳児期には、アトピー性皮膚炎以外にも、様々な湿疹が見られます。

  • 接触性皮膚炎: よだれや汗、排泄物(尿や便)といった刺激物質が皮膚に触れることで炎症が起こる湿疹です 。特に口周りの「よだれかぶれ」やおむつが触れる部分の「おむつかぶれ」として現れ、赤み、かゆみ、痛み、ひどい場合は皮膚のただれ(びらん)を引き起こします 。

  • あせも(汗疹): 汗腺の出口が詰まることで、汗が皮膚の中に溜まり、炎症が起こる湿疹です 。発汗量が増える夏場に特に多く見られ、首回りや背中、腕やひざ裏など汗が溜まりやすい部分に、赤いブツブツや白い水疱として現れます 。

 

第4章:乳児湿疹への対処法:日常のスキンケアと医療機関での治療

 

 

4.1 基本のスキンケア:洗浄と保湿の具体的な方法

 

乳児の健やかな肌を保つための基本は、「洗浄」と「保湿」です 。

洗浄

ベビーソープはよく泡立てて、手のひらで優しく洗うことが基本です 。ガーゼやボディタオルで強くこすると皮膚を傷つけるため、使用は避けるべきです 。首や手足の関節のくびれ部分は、伸ばして洗い、石鹸成分が残らないようシャワーで十分にすすぐことが重要です 。

保湿

入浴後は皮膚の水分が急激に失われるため、タオルで水分をそっと拭き取ったら、すぐに保湿剤を塗布します 。保湿剤は、肌がテカテカになるぐらい、顔から全身にたっぷりと塗ることが推奨されています 。

 

4.2 保湿剤の選び方と使い分け

 

保湿剤は、湿疹の種類、季節、肌の状態に応じて適切な剤形を選ぶことが重要です 。保湿剤は、ローション、クリーム、ワセリン、オイルなど、水分量と油分量の比率によって使い分けが可能です 。

  • ローションタイプ: 水分が多く、さらっとした使用感が特徴です 。全身に塗りやすく、夏場や軽度の乾燥に適しています。

  • クリームタイプ: ローションよりも油分が多く、保湿力が高いです 。乾燥が気になる頬やおしりなどへの部分的な使用や、重ね塗りに適しています 。

  • ワセリン・オイルタイプ: ほぼ油分で構成され、皮膚の表面に強力な保護膜を形成します 。重度の乾燥部分や、脂漏性湿疹のかさぶたをふやかす目的で使用されます 。

また、保湿剤を選ぶ際には、香料や着色料、刺激性のある成分(プロピレングリコールなど)を含まない、低刺激性のベビー用製品を選ぶことが推奨されます 17

 

4.3 医療機関での治療と薬剤

 

自宅でのスキンケアで改善しない場合、または症状が悪化している場合には、医療機関での治療が必要となります。乳児湿疹の治療では、炎症を鎮めるためのステロイド外用薬がしばしば用いられます 。医師の指導のもと、用法・用量を守って適切に使用すれば、安全性は高いです 。

近年では、タクロリムス軟膏(プロアクティブ療法)、デルゴシチニブ軟膏、ジファミラスト軟膏など、ステロイド以外の新しい非ステロイド系外用薬も登場しており、治療の選択肢が広がっています 。特にアトピー性皮膚炎の治療では、湿疹が改善した後に、症状がない状態を維持するために定期的に外用薬を塗布する「プロアクティブ療法」が推奨されており、これにより再燃を防ぐことができます 。

 


 

第5章:緊急度を見極める:医療機関を受診すべきタイミング

 

 

5.1 「様子を見る」判断の限界と専門医の重要性

 

乳児湿疹の多くは、正しいスキンケアを継続することで自然に治癒する一過性のものが多いです 。しかし、湿疹の原因は多岐にわたり、家庭での判断には限界があります 。また、湿疹は単なる皮膚の見た目の問題ではなく、皮膚のバリア機能低下は将来的なアレルギー疾患発症につながる可能性があるため、適切なタイミングで専門家の診断を仰ぐことが極めて重要です 。皮膚科医や小児科医は、湿疹のタイプを見極め、カンジダ症やとびひなど、鑑別が必要な他の疾患の可能性も考慮しながら、総合的な診断と治療方針を決定します 。

 

5.2 受診を促すべき症状:明確なレッドフラッグ

 

以下の症状が見られる場合は、軽視することなく、速やかに医療機関(小児科または皮膚科)を受診することが強く推奨されます 。

  • 症状の悪化: 自宅でのスキンケアを1週間続けても湿疹が改善せず、逆に悪化している場合です 。

  • 強いかゆみ: かゆみで不機嫌になったり、夜眠れない、皮膚を掻きむしって傷ができてしまっている場合です 。

  • 感染兆候: 湿疹から膿や黄色い分泌液が出ている場合です 。

  • 全身症状: 湿疹が全身に広がり、発熱を伴うなど、全身状態に変化が見られる場合です 。

 

結論:乳児湿疹と向き合うための総合戦略

 

乳児湿疹は、乳児の皮膚が成長していく過程で現れる、非常に一般的な肌トラブルです。その本質は、単一の疾患ではなく、月齢に応じた生理学的変化を背景に、複数の異なる皮膚症状が複合的に現れることにあります。

したがって、乳児湿疹と向き合う上での総合的な戦略は、以下の3つの柱に基づいています。

  1. 月齢に応じた柔軟なスキンケアの適用: 皮脂の過剰分泌期(新生児期)には皮脂を優しく取り除くことに重点を置き、乾燥期(生後2〜3ヶ月以降)には徹底的な保湿に切り替える必要があります。一つのケア方法に固執するのではなく、赤ちゃんの肌の状態を日々観察し、柔軟に対応することが極めて重要です。

  2. 日々の正しいスキンケアの継続: 毎日の「洗浄」と「保湿」を丁寧に行うことは、乳児の皮膚のバリア機能をサポートし、湿疹を予防・改善する上で最も基本的かつ効果的な予防策です 。

  3. 早期の専門家との連携: 自宅ケアで改善が見られない場合や、悪化の兆候が見られる場合には、迷わず小児科や皮膚科の専門家に相談することが、将来的な健康リスクを回避する上で不可欠な行動です 。専門家の診断と指導を受けることで、湿疹のタイプを正確に把握し、適切な治療とケアを施すことが、乳児の健やかな成長を守るための最善の道となります。


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