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過敏性腸症候群(IBS) 20250826
小児の過敏性腸症候群(IBS)について、詳しく解説します。
1. 過敏性腸症候群(IBS)とは
過敏性腸症候群(IBS)は、腸に炎症や潰瘍といった器質的な病変がないにもかかわらず、腹痛や腹部の不快感が繰り返し起こり、下痢や便秘などの便通異常を伴う病気です。思春期から若年成人に多く見られますが、近年、小児でも増加傾向にあります。
原因はまだはっきりとは解明されていませんが、遺伝的要因や、ストレス、食生活の乱れ、腸内フローラの不均衡などが複雑に絡み合って発症すると考えられています。特に、脳と腸が密接に関係している「脳腸相関」の異常が関与しているとされています。
2. 主な症状
小児の過敏性腸症候群の症状は多岐にわたり、タイプによって異なります。
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腹痛型:
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起床時におへその周りが強く痛むことが多く、長時間トイレにこもることがあります。
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多くの場合、排便によって症状が和らぎます。
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低年齢の子どもに多く見られるタイプです。
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下痢型:
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朝起きてすぐに腹痛と便意を感じ、何度もトイレに行くことがあります。
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便は軟便から下痢便になることが多く、排便してもすっきりしない感じが続きます。
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男子に多く見られるタイプです。
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便秘型:
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便秘が続き、下剤を使用しないと排便できない場合や、便意があるのに排便できない場合があります。
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便が硬く、コロコロしていることが多いです。
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女子に多く見られるタイプです。
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混合型:
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便秘と下痢を交互に繰り返します。
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ガス型:
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お腹が張る、おならが頻繁に出る、お腹が鳴るといったガスによる症状が主です。
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これらの症状が2ヶ月以上にわたって週に1回以上続く場合、過敏性腸症候群の可能性が考えられます。
3. 診断と受診の目安
過敏性腸症候群の診断は、他の器質的な病気がないことを確認するために、血液検査、便検査、腹部超音波検査などが行われます。これらの検査で明らかな異常が見られない場合に、症状から総合的に判断されます。
以下の症状が見られる場合は、医療機関を受診しましょう。
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下痢や便秘、腹痛などの症状が2ヶ月以上続いている。
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ストレスを感じたときや特定の状況になると症状が出る。
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症状が重く、学校に行けないなど日常生活に支障をきたしている。
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体重が減少している。
ただし、以下の場合は過敏性腸症候群以外の緊急性の高い病気の可能性があるため、すぐに医療機関を受診してください。
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血が混ざった便が出る(血便)。
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お腹がパンパンに張っている。
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特定の場所に強い痛みがある(特に右下腹部)。
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発熱が続いている。
小児の場合は、まずは小児科を受診するのが一般的です。必要に応じて消化器科や心療内科を紹介されることもあります。
4. 治療と対策
治療は、生活習慣や食事の改善、薬物療法、心理的サポートなどを組み合わせて行われます。
生活習慣の改善
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規則正しい生活: 十分な睡眠をとり、ゆとりのある生活を心がけましょう。
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排便習慣の確立: 朝食後にトイレに行くなど、排便の習慣をつけることが大切です。
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適度な運動: 運動はストレス軽減や腸の動きを活発にする効果があります。
食事の改善
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低FODMAP食: フルクタン(小麦、タマネギ)、オリゴ糖(レンズ豆)、果糖、乳糖などの特定の糖類を含む食品を制限する食事療法です。
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避けたい食品:
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下痢型・腹痛型: カフェイン、香辛料、高脂肪食、冷たい飲み物、炭酸飲料
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便秘型: 水分や食物繊維の摂取不足
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ガス型: ガスを発生しやすい野菜(芋類、豆類、ごぼう、玉ねぎなど)
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積極的に摂りたい食品: 便秘の場合は、発酵食品や食物繊維(水溶性食物繊維)を多く含む食品を意識的に摂りましょう。
心理的サポート
過敏性腸症候群はストレスが症状を悪化させる大きな要因となります。
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子どもとのコミュニケーション: 子どもが腹痛を訴えたり、長時間トイレにこもったりしても、怒らずに子どもの気持ちに寄り添い、じっくり話を聞いてあげましょう。
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ストレス要因の特定と軽減: 学校や家庭でのストレスの原因を探り、取り除くためのサポートをします。
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不安の軽減: 「お腹が痛くなっても大丈夫」「すぐにトイレが見つかる」といった安心感を与えることが大切です。
薬物療法
症状に応じて、腸の機能を調節する薬、整腸剤、下剤、止瀉薬などが処方されることがあります。
5. 周囲の理解とサポートの重要性
過敏性腸症候群の症状は、子どもが自分でコントロールできるものではありません。周囲の大人が「仮病ではないか」と疑ったり、怒ったりすることは、子どものストレスをさらに増大させ、症状を悪化させる可能性があります。
家族や学校の先生など、周囲の人が病気について正しく理解し、安心して過ごせる環境を整えることが、子どもの症状改善には不可欠です。
過敏性腸症候群(IBS)、クローン病、そして潰瘍性大腸炎は、いずれも腹痛や下痢・便秘といった消化器症状を主訴とするため、症状だけを見ると似ているように感じられます。しかし、これらは根本的に異なる病気であり、その関連性についても正しく理解することが重要です。
1. 根本的な違い:器質的疾患か、機能性疾患か
これが最も重要な違いです。
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クローン病と潰瘍性大腸炎:
これらは「炎症性腸疾患(IBD)」と呼ばれるグループに属する病気です。IBDは、腸に実際に炎症や潰瘍といった器質的な病変が起こる自己免疫疾患と考えられています。原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因、環境要因、腸内細菌叢の異常などが複雑に関与して、免疫システムが過剰に反応し、腸を攻撃してしまうことで発症すると考えられています。どちらも国の指定難病です。
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過敏性腸症候群(IBS):
IBSは「機能性消化管障害」に分類されます。これは、腹痛や便通異常などの症状があるにもかかわらず、大腸内視鏡検査や血液検査などで腸に明らかな器質的な病変や炎症が認められない病気です。脳と腸の連携(脳腸相関)の異常や、腸の運動機能の異常、内臓の知覚過敏などが原因と考えられています。
2. それぞれの病気の特徴
特徴 | 過敏性腸症候群(IBS) | クローン病 | 潰瘍性大腸炎 |
病態 | 器質的な病変なし(機能性疾患) | 腸に慢性的な炎症・潰瘍あり(器質性疾患) | 大腸の粘膜に慢性的な炎症・潰瘍あり(器質性疾患) |
炎症の有無 | なし | あり | あり |
病変部位 | 特定の病変部位はない | 口から肛門までの消化管全域に起こりうる | 大腸の粘膜に限られる(直腸から連続的に広がる) |
症状 | 腹痛と便通異常が主。血便はない。 | 腹痛、下痢、体重減少、発熱、肛門病変(痔瘻など)など。血便は少ない。 | 腹痛、下痢、血便、粘血便、発熱など。 |
進行性 | 進行性ではない | 慢性的な炎症が再燃・寛解を繰り返し、腸管に合併症を起こすことがある | 慢性的な炎症が再燃・寛解を繰り返し、重症化すると大腸がんのリスクが上昇する |
指定難病 | ではない | 指定難病 | 指定難病 |
3. 鑑別の重要性と関連性
IBSと炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎)は、症状が似ているため、正しく鑑別診断することが非常に重要です。
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鑑別診断のポイント:
特に重要なのは、**「血便の有無」と「腸の炎症の有無」**です。潰瘍性大腸炎では粘液や血液が混じった便(粘血便)が特徴的です。また、炎症性腸疾患では、炎症マーカー(CRPなど)の数値が上昇したり、大腸内視鏡検査で炎症や潰瘍が確認されたりします。IBSではこれらの検査で異常が見られません。
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IBSと炎症性腸疾患の関連性:
過敏性腸症候群が直接、クローン病や潰瘍性大腸炎に進行することはありません。しかし、以下のような関連性が指摘されています。
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診断の混同: 炎症性腸疾患の初期症状がIBSに似ているため、診断が遅れることがあります。
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併発の可能性: 炎症性腸疾患が「寛解期」(症状が落ち着いている時期)にある患者さんでも、IBSと似た症状(腹痛、便通異常)が続くことがあります。これは、炎症そのものは治まっていても、腸の機能が過敏な状態にあるためと考えられています。
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まとめ
過敏性腸症候群、クローン病、潰瘍性大腸炎は、消化器症状が似ているものの、全く異なる病気です。IBSは腸に炎症がない「機能性」の病気であるのに対し、クローン病と潰瘍性大腸炎は腸に炎症や潰瘍がある「器質性」の病気です。
症状が長期間続く場合や、血便、発熱、体重減少などの症状を伴う場合は、IBSではなく炎症性腸疾患の可能性も考慮し、消化器内科を受診して正確な診断を受けることが不可欠です。
