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「高圧電線の近くに住むと小児白血病のリスクが上がる」説の検証 20250926
かつて議論された「高圧電線の近くに住むと小児白血病のリスクが上がる」という説には、根拠とされるいくつかの疫学研究論文が存在します。しかし、その後の多くの追試や検証によって、現在ではこの説を明確に支持する科学的コンセンサスは得られていません。
ことの発端となった論文
この説が大きく注目されるきっかけとなったのは、1979年に米国で発表されたワルトハイマーとリーパーによる論文です。彼らは、デンバー市周辺で送電線近くに住む子供の白血病発症率が有意に高いと報告しました。
その後、1992年にはスウェーデンのカロリンスカ研究所による大規模な疫学研究でも、高圧電線から発生する磁場と小児白血病との間に弱い関連性が見られると発表され、再び大きな議論を呼びました。
その後の追試と検証
これらの研究を受けて、世界中で数多くの追試やより大規模なメタアナリシス(複数の研究結果を統合して分析する手法)が行われました。
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関連性を支持する研究: いくつかの研究では、特に0.4マイクロテスラ(μT)以上の比較的強い磁場にばく露された場合に、小児白血病のリスクがわずかに上昇するという結果が報告されています。2005年に英国で発表された「ドレイパー研究」もその一つで、出生時に高圧電線から600メートル以内に住んでいた子供のリスク増加を指摘しました。
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関連性を否定・疑問視する研究: 一方で、関連性を見いだせなかった研究も多数あります。例えば、2014年に英国オックスフォード大学が発表した研究では、1990年代以降に生まれた子供たちにおいては、高圧電線の近くに住むことと白血病リスクとの間に関連性は見られないと結論付けています。
現在の科学的見解
長年の研究にもかかわらず、高圧電線からの超低周波磁場がどのようにして白血病を引き起こすのか、その生物学的なメカニズムは未だに解明されていません。動物実験などでも、説得力のある証拠は得られていません。
このため、多くの国の公的機関や専門家組織は、「高圧電線からの磁場と小児白血病との因果関係は証明されていない」という見解を示しています。
国際がん研究機関(IARC)は、超低周波磁場を「発がん性があるかもしれない(グループ2B)」と分類していますが、これはコーヒーや漬物などと同じカテゴリーであり、「限定的な証拠」しかなく、因果関係が確立しているわけではないことを示しています。
結論として、過去にリスクの可能性を示唆した論文は存在するものの、数十年にわたるその後の膨大な研究によっても明確な因果関係は確認されておらず、多くの研究がその関連性を否定しています。したがって、現在では「高圧電線の下で生活すると小児白血病のリスクが上がる」という説は、科学的に確立された事実とは見なされていません。