コラム一覧
乳児血管腫 20251217
乳児血管腫(Infantile Hemangioma)、通称「いちご状血管腫」について、近年の治療ガイドラインの変遷も含めて解説します。
かつては「自然に消えるので経過観察」が主流でしたが、現在は**「早期に治療介入すべき症例を見極め、積極的に治療する」**という方針に大きく転換しています。
1. 概要
乳児期に最も頻繁に見られる良性腫瘍です。血管内皮細胞の異常増殖によって生じます。
-
発生頻度: 乳児の約1〜2%(未熟児ではさらに高率)。
-
性差: 女児に多い(男児の約3倍)。
-
好発部位: 頭頚部(約60%)、体幹(25%)、四肢(15%)。
2. 自然経過(典型的なタイムライン)
生まれた直後は目立たないことが多く、生後数週間してから急速に大きくなるのが特徴です。
-
前駆期(出生直後〜数週):
-
境界不明瞭な蒼白斑(貧血母斑様)や、毛細血管拡張が見られることがあります。
-
-
増殖期(生後1ヶ月〜6ヶ月頃):
-
急速に隆起し、鮮やかな赤色(いちご状)を呈します。
-
生後5ヶ月頃までに最終的な大きさの80%に達すると言われており、この時期の対応が重要です。
-
-
退縮期(生後1歳頃〜):
-
成長が止まり、数年かけてゆっくりと色が褪せ、平坦化していきます。
-
5歳で50%、9歳で90%が退縮するという「50-50, 90-90の法則」が有名です。
-
-
退縮後:
-
完全に元通りになることもありますが、皮膚の弛み、脂肪沈着、毛細血管拡張などの**瘢痕(あと)**が残るケースも少なくありません。
-
3. 分類
病変の深さによって外見が異なります。
-
局面型(浅在性): 鮮やかな赤色。典型的ないちご状。
-
皮下型(深在性): 青白く盛り上がり、皮膚の奥にしこりを触れる。
-
混合型: 上記の両方が混在するもの。
4. 治療が必要なケース(High Risk群)
「待てば消える」と考えず、専門医(皮膚科・形成外科・小児科)へ早期紹介すべきケースです。
-
生命に関わる部位:
-
気道(喉頭・気管など):呼吸困難のリスク。
-
肝臓などの多発性血管腫:心不全のリスク。
-
-
機能障害のリスク:
-
眼瞼: 視界を遮ることによる弱視のリスク。
-
鼻尖・口唇: 哺乳障害や、軟骨変形による恒久的な形態異常。
-
耳: 外耳道閉塞による難聴。
-
-
潰瘍化・感染:
-
擦れやすい部位(首のしわ、脇、おむつ内)は潰瘍を作りやすく、激しい痛みを伴います。
-
-
整容的な問題(顔面など):
-
目立つ部位で、将来的に瘢痕やたるみが残ると予想される場合。
-
※PHACE症候群への注意
顔面の広範囲(特に分節的)な血管腫がある場合、脳血管異常、心奇形、眼球異常などを合併する「PHACE症候群」の可能性があるため、MRIや心エコーなどの精査が必要です。
5. 治療法
2016年にプロプラノロール内服薬が承認され、治療の第一選択となりました。
-
内服療法(プロプラノロール塩酸塩:商品名 ヘマンジオルシロップ)
-
現在世界的な標準治療(Gold Standard)です。
-
血管収縮作用、血管新生阻害作用により、劇的に腫瘍を縮小させます。
-
開始時期: 早いほど効果が高く、瘢痕を残しにくいです(生後3ヶ月以内の開始が望ましい)。
-
副作用: 低血糖、徐脈、血圧低下、喘鳴などがあるため、導入時は入院管理または慎重な外来管理が必要です。
-
-
レーザー治療(色素レーザー:Vbeamなど)
-
浅在性の赤みや、潰瘍化した病変に対して有効です。
-
深部には効果が届きにくい傾向があります。
-
-
外用療法
-
β遮断薬の点眼液や軟膏(適応外使用含む)が、小さく浅い病変に使われることがあります。
-
-
外科的切除
-
現在は第一選択になることは稀です。退縮後に残った皮膚のたるみ(余剰皮膚)を修正する場合などに行われます。
-
乳児血管腫は「様子を見ましょう」で済ませてよいものと、**「一刻も早く治療開始すべきもの」**に分かれます。
特に顔面、股間部、あるいは急速に増大しているものは、早急に専門医(小児皮膚疾患に詳しい皮膚科・形成外科)への受診が推奨されます。
