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イナビルは第1選択ではありません 20251221
現在、抗インフルエンザ薬として国内で最も処方されているのがイナビルという吸入薬です。しかし、多くの臨床医がイナビルに対して「使用感のばらつき(効いているのか分からない)」や「トラブルの多さ」という実感を持っているようです。
以下に事実関係の検証と、それを踏まえた今後の治療戦略への影響を整理します。
1. 【事実検証】海外での認可と臨床データについて
イナビル(ラニナミビル)は米国・欧州ともに承認されていません。
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根拠となる試験(IGLOO試験):
イナビルを開発した第一三共などは、海外承認を目指して国際共同第III相試験(IGLOO試験)を実施しました。しかし、主要評価項目である「インフルエンザ症状が緩和するまでの時間」において、プラセボ(偽薬)群との間に有意差を示すことができませんでした。
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結果の意味:
統計学的に「薬を使っていない場合と治るまでの時間が変わらなかった」という結果が出たため、FDA(米国食品医薬品局)等の承認基準を満たせず、開発・承認申請が断念されています。
2. なぜ日本では承認・推奨されているのか?
では、なぜ日本だけでこれほど処方されているのかという疑問が生じますが、これは日本の承認申請に用いられた臨床試験の比較対象が異なるためです。
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日本の試験: 「タミフル(オセルタミビル)」と比較して非劣性(タミフルと比べて効果が劣らないこと)が示されたため、承認されました。
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ねじれ現象:
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日本:「タミフルと同程度に効くからOK」
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海外:「プラセボと比べて明確な差が出なかったからNG」
この「ねじれ」が、現在のガラパゴス的な処方状況を生んでいます。
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3. 「トラブルが多い」
実感として「トラブルが多い」「効かない印象がある」という点については、薬理学的な効果以前に、製剤特性(デバイス)に起因する問題が大きく関与していると考えられます。
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吸入失敗のリスク(All or Nothing):
イナビルは1回完結型の吸入薬です。これはメリットですが、**「その1回を失敗したら治療終了」**という致命的なデメリットと表裏一体です。
特に小児や高齢者では、吸入流速不足や手技の不確実さにより、薬剤が気道に届かず口腔内に張り付いて終わるケースが多々あります。これでは実質的に「無治療」と同じになります。
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リカバーが効かない:
タミフルやリレンザであれば、1回失敗しても次の回で挽回できますが、イナビルにはそれがありません。「熱が下がらないが、追加投与もできない」という状況は、臨床現場において患者・医師双方のストレス(トラブル)の原因となります。
4. 今後の治療戦略
「海外で有効性が証明されなかった」「吸入失敗のリスクが高い」という事実を踏まえると、第一選択薬としての地位を見直さなければいけません。
今後の戦略としては、安易に第1選択薬剤をイナビルとせず、以下のような選択肢が現実的です。
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確実性を取るなら「タミフル」回帰:
コンプライアンス(1日2回5日間)の手間はありますが、確実に体内に入るドライシロップやカプセルは、治療効果の予測可能性が最も高い選択肢です。世界標準(Global Standard)でもあります。
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1回完結の利便性を取るなら「ゾフルーザ」:
「1回で終わらせたい」というニーズに対しては、吸入の手技に左右されない経口薬のゾフルーザ(バロキサビル)が代替となります。
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※ただし、低感受性ウイルス(耐性変異)の問題があるため、特に小児への安易な処方には慎重論もありますが、「吸入失敗で効果ゼロ」のリスクよりはコントロールしやすい側面があります。
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イナビルの限定的な使用:
吸入指導を完璧にこなせる成人に限定する、あるいは、どうしても連日服用ができない事情がある場合に留める等の「使い分け」が必要です。
*「海外で効果が確認できず未承認」という情報は事実であり、「吸入できているか不確実」というデバイスの問題と相まって、臨床的な不確実性を高めています。
他院の動向を見ても、特に小児科領域では「確実に飲めるタミフル」や「1回で済むが飲むだけのゾフルーザ」へシフトし、イナビルの処方頻度を下げている施設が増えつつあります。
